カント研究会の活動記録(第151回〜第200回) | |||||||||
第151回 | 2001.3.25 | 上智大学 図書館 | 後藤正英 | メンデルスゾーンの啓蒙主義とは何か ―アイデンティティの場をめぐって― |
城戸淳 | アンチノミーと超越論的観念論 | 木阪・岩倉 | ||
第152回 | 2001.4.22 | 大谷大学 博綜館 | 三谷尚澄 | 道徳的自律の意義 ――ポスト共同体論の時代におけるカント |
門屋秀一 | カント年譜の諸問題 | 松山寿一 | ヴォルフ力学の内なるカント力学 ――よもやま話付き |
伊古田・菅沢 |
第153回 | 2001.6.24 | 上智大学 図書館 | 中澤武 | なまけ者の哲学――カントにおける「怠惰な理性」 | 植村恒一郎 | アキレスと亀のパラドックス (『思想』4月号掲載論文に基づいた発表) |
伊古田・菅沢 | ||
第154回 | 2001.7.29 | 上智大学 図書館 | 勝西良典 | 形而上学的思惟の目指すもの――カントとともに 可能的経験を越えるとはいかなることか |
細谷章夫 | カントの第一批判における「序文」 (第一版および第二版) |
伊古田・菅沢 | ||
第155回 | 2001.8.26 | 上智大学 図書館 | 船木祝 | カントにおける「仮象性」と「蓋然性」の区別 (第9巻関係) |
森禎徳 | 自由と自律 | 伊古田・菅沢 | ||
第156回 | 2001.9.23 | 上智大学 図書館 | 中澤武 | 人間使命論争とカント (第9巻関係) | 湯浅正彦 | 初期フィヒテの自我論とカント ――若干の準備的考察―― |
伊古田・菅沢 | ||
第157回 | 2001.10.28 | 上智大学 図書館 | 近堂秀 | 規則と自己意識について | 大河内泰樹 | 「反省概念の二義性」章と 形而上学の原則の問題 |
伊古田・菅沢 | ||
第158回 | 2001.12.23 | 上智大学 図書館 | 山下和也 | ドイツ啓蒙と敬虔主義 −自由論を巡って− (第9巻関係) |
門屋秀一 | 第三批判における構想力の問題 | 伊古田・菅沢 | ||
第159回 | 2002.1.27 | 上智大学 図書館 | 奥家英美 | カント哲学における形式と美についての序論 | 福光瑞江 | Das Verhältnis zwischen Kants
Wahrheitsbegriff und Fürwahrhalten |
伊古田・菅沢 | ||
第160回 | 2002.2.24 | 上智大学 図書館 | 堂囿俊彦 | ヒュームとアンチノミー ――「独断のまどろみ」をめぐって―― |
加藤篤子 | 理性の有限性と反省 | 伊古田・菅沢 | ||
第161回 | 2002.3.31 | 上智大学 図書館 | 滝沢正之 | 力学的カテゴリーの正当化 | 手代木陽 | クリスティアン・ヴォルフにおける 「蓋然性」の哲学的基礎 |
伊古田・菅沢 | ||
第162回 | 2002.4.21 | 京都教育文化センター | 船木祝 | カントにおける仮象性と蓋然性の区別 ――認識の拡張と批判―― |
三谷尚澄 | 人間の行為主体性とリベラリズム | 出口康夫 | カントと代数学 ――カント数学論の埋もれたモティーフ―― |
伊古田・寺田 |
第163回 | 2002.6.30 | 上智大学 図書館 | 田中綾乃 | <直観>と<象徴>をめぐる一考察 | 河村克俊 | 道徳の根本法則 | 伊古田・寺田 | ||
第164回 | 2002.7.21 | 南山大学 名古屋キャンパス |
高畑祐人 | 趣味判断と<美に対する関心>のあいだ | 筏津安恕 樽井正義 |
法学的コンテキストにおける 「人倫の形而上学」の位置づけ |
伊古田・寺田 | ||
第165回 | 2002.8.25 | 上智大学 図書館 | 山下和也 | ドイツ啓蒙と敬虔主義 −自由論を巡って− | 山根雄一郎 | 「綜合判断」論への一視角 | 伊古田・寺田 | ||
第166回 | 2002.9.29 | 上智大学 図書館 | 藤本忠 | 「認識と対象の一致」をめぐる諸問題――カントに よる問題提起とシェリングの解答に関連して―― | 菅沢龍文 | カントの批判的歴史哲学 | 伊古田・寺田 | ||
第167回 | 2002.10.27 | 上智大学 図書館 | 北條慈応 | 『純粋理性批判』における時間論 ―感性論における時間と分析論における時間 |
木阪貴行 | 啓蒙の光と闇 ――初期カントにおける実在根拠―― |
伊古田・寺田 | ||
第168回 | 2002.12.8 | 上智大学 図書館 | 宮島光志 | カントと<自己を語るエゴイズム>の問題 ―人間学講義の発展史との関連で― |
三谷尚澄 | 反省する理性と多元的世界――カントにおける 「世界に根づいた理性」の可能性について―― (第9巻関係) |
伊古田・寺田 | ||
第169回 | 2002.12.23 | 上智大学 図書館 | 北野安寿子 | 趣味判断の演繹について −伝達可能性条件の解明に向けて |
中澤武 | 人間使命論争とカント (第9巻関係) | 伊古田・寺田 | ||
第170回 | 2003.1.26 | 上智大学 図書館 | 鈴木亮太 | カテゴリーの形而上学的演繹の方法について | Wolfgang Ertl | 自由と決定論をめぐるカントとデイヴィッドソンの対立 ――非法則的一元論としての超越論的観念論?―― (第9巻関係) |
伊古田・寺田 | ||
第171回 | 2003.2.23 | 上智大学 図書館 | 小原英美 | 趣味と美のための教育―現象を救う美の形式― | 菅沢龍文 | カントの批判的歴史哲学 (第9巻関係) | 木阪貴行 | 啓蒙の光と闇――初期カントにおける 実在根拠―― (第9巻関係) |
伊古田・寺田 |
第172回 | 2003.3.30 | 上智大学 | 伊藤淳 | アナロギー論からみた『判断力批判』 | 河村克俊 | カントと黄金律 (第9巻関係) | |||
第173回 | 2003.4.20 | キャンパスプラザ京都 | 森芳周 | カントのカテゴリー論 | 手代木陽 | ランベルトにおける「蓋然性の論理学」について | 松山寿一 | ドイツにおけるニュートン受容と 若きカントの自然哲学 |
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第174回 | 2003.6.29 | 上智大学 図書館 | 千葉建 | 直観的認識と象徴的認識 | 城戸淳 | 統覚の総合的統一と私の実存在 ――カントの cogito ergo sum 解釈をめぐって |
寺田・檜垣 | ||
第175回 | 2003.7.27 | 上智大学 図書館 | 安井正寛 | 反省的判断力の基礎的構造 | 平田俊博 | カントと「純粋理性の批判」 | 寺田・檜垣 | ||
第176回 | 2003.8.31 | 上智大学 図書館 | 熊野純彦 | 熊野純彦氏の『カント――世界の限界を経験 することは可能か』をめぐって コメンテータ:城戸淳 |
寺田・檜垣 | ||||
第177回 | 2003.9.28 | 上智大学 図書館 | 小原英美 | 美的判断力批判における理性の要求 | 蔵田伸雄 | 人間の尊厳を守る責任 | 手違いから予定していた会場で開催できず、発表者および出席者との話し合いにより、小原英美氏の研究発表を12月に延期し、蔵田伸雄氏の研究発表を付近の喫茶店で行う。 | 寺田・檜垣 | |
第178回 | 2003.10.26 | 上智大学 図書館 | 渋谷治美 | 『人間学』におけるカントの二重の二枚舌について | 檜垣良成 | カントの理性概念――その二義性と
Verstand との 関係―― (第10巻関係) |
寺田・檜垣 | ||
第179回 | 2003.12.23 | 上智大学 図書館 | 村井忠康 | カントの経験理論における統覚の役割――第二版 「超越論的演繹」の論証構造をめぐって |
小原英美 | 「美的判断力批判」における理性の要求 | 寺田・檜垣 | ||
第180回 | 2004.1.25 | 明治学院大学 白金校舎 会議室 |
内田浩明 | 『オプス・ポストゥムム』の自己定立論 | 森禎徳 | 純粋実践理性の審級−リベラル・コミュニタリアン 論争とカント (第10巻関係) |
寺田・檜垣 | ||
第181回 | 2004.2.29 | 明治学院大学 白金校舎 会議室 |
相原博 | カントの技術概念 | 近堂秀 | 理性批判と自己同一性 (第10巻関係) | 寺田・檜垣 | ||
第182回 | 2004.3.28 | 明治学院大学 白金校舎 会議室 |
清水明美 | カントとヤスパース――「災禍」へのまなざし | 伊古田理 | どこから哲学をはじめるか――哲学の言葉と カント的相対主義の可能性 |
寺田・檜垣 | ||
第183回 | 2004.4.25 | キャンパスプラザ京都 | 中村修一 | カントの定義論−『判明性』の数学論− | 山下和也 | 物自体と可想的なもの | 平田俊博 | カント批判哲学における3種の純粋理性 −カントとアリストテレス主義− (第10巻関係) |
檜垣・高橋 |
第184回 | 2004.6.27 | 埼玉大学東京ステー ションカレッジ |
高橋克也 | 時間と数学――直観主義の再評価に向けて | 御子柴善之 | 善くあろうとするj根本態度―純粋実践理性と 道徳の究極根拠― (第10巻関係) |
檜垣・高橋 | ||
第185回 | 2004.7.25 | 埼玉大学東京ステー ションカレッジ |
湯浅正彦 | 合評会:湯浅正彦氏『存在と自我 カント超越論的 哲学からのメッセージ』(勁草書房)をめぐって 特定質問者:近堂秀、村井忠康 |
檜垣・高橋 | ||||
第186回 | 2004.8.29 | 埼玉大学東京ステー ションカレッジ |
伊藤政志 | 形式と快感情−カントの趣味理論における 美の位置づけについて− |
千葉建 | 能力としての理性 (第10巻関係) | 檜垣・高橋 | ||
第187回 | 2004.9.26 | 埼玉大学東京ステー ションカレッジ |
宮ア裕助 | 判断の崇高−カント『判断力批判』と美学の崩壊− | 木阪貴行 | 一貫性要求と実質的価値−定言命法理解の一視点 | 檜垣・高橋 | ||
第188回 | 2004.10.31 | 埼玉大学東京ステー ションカレッジ |
菅沢龍文 | 定言命法に基づくカントの家社会論 | 高橋克也 | 変換群と理性――相対性理論以後のカント主義 (第10巻関係) |
檜垣・高橋 | ||
第189回 | 2004.12.26 | 埼玉大学東京ステー ションカレッジ |
滝沢正之 | 第一アンチノミーの時間論 | 宮島光志 | エゴイズム問題の基層−カントと心気症の人間学− | 檜垣・高橋 | ||
第190回 | 2005.1.30 | 明治学院大学 白金校舎 会議室 |
舟場保之 | カントにコミュニケーション合理性を見出す 可能性について (第10巻関係) |
蔵田伸雄 | カントと人間の尊厳の根拠 ―人間性と意志の自律― |
檜垣・高橋 | ||
第191回 | 2005.2.27 | 明治学院大学 白金校舎 会議室 |
近堂秀 | 理性批判と人格同一性 (第10巻関係) | 手代木陽 | 「非加法的蓋然性」をめぐる展開 ―ヤーコプ・ベルヌーイとランベルト |
檜垣・高橋 | ||
第192回 | 2005.3.27 | キャンパスプラザ京都 | 三谷尚澄 | 人間の行為者性(Human
Agency)をめぐる カントの分析について |
湯浅正彦 | 超越論的自己認識としての超越論的自我論 ―「合理的心理学」との対決 |
中島義道 | 合評会:中島義道氏『カントの自我論』 特定質問者:高橋克也、舟場保之 |
檜垣・高橋 |
第193回 | 2005.6.26 | 埼玉大学東京ステー ションカレッジ |
寺田俊郎 | カントのコスモポリタニズム ――世界市民とは誰か |
中島義道 | 合評会:中島義道氏『悪について』 特定質問者:蔵田伸雄、御子柴善之、菅沢龍文 |
高橋・舟場 | ||
第194回 | 2005.8.28 | 埼玉大学東京ステー ションカレッジ |
宮村悠介 | カント『実践理性批判』における 範型・象徴の理論 |
齋藤宜之 | 趣味判断における「他者」について | 高橋・舟場 | ||
第195回 | 2005.9.24 | 大阪大学大学院 文学研究科 |
高橋克也 | 文明論としてみたゼノンのパラドックス(改) | 長田蔵人 | 感性の弁護(Apologie für
Sinnlichkeit)とは何か ――カントの「直観」概念の 見過ごされたアスペクト―― |
高橋・舟場 | ||
第196回 | 2005.10.30 | 明治学院大学 白金校舎 会議室 |
山本道雄 | カントの類推論研究(1) | 三好潤一郎 (ゲスト) |
会話のゲーム理論的分析 | 高橋・舟場 | ||
第197回 | 2005.12.25 | 明治学院大学 白金校舎 記念館 |
宮ア裕助 | 構想-暴力 ──カント崇高論における構想力の自己犠牲 |
小野原雅夫 寺田俊郎 |
(討論)永遠平和論をめぐる空騒ぎ(Much Ado about Perpetual Peace) |
高橋・舟場 | ||
第198回 | 2006.1.29 | 埼玉大学東京ステー ションカレッジ |
長田蔵人 | アンチノミーの「世界」理解 ―― 対立はなぜ「不可避」であるのか? (第10巻関係) |
城戸淳 | 誤謬推理論における理性批判と自己意識 (第10巻関係) |
高橋・舟場 | ||
第199回 | 2006.2.26 | 八重洲口会館会議室 | 村井忠康 | 直観的経験と三重の綜合 | 田中綾乃 | 『人間学講義録』におけるSymbolの問題 | 高橋・舟場 | ||
第200回 | 2006.3.25 | キャンパスプラザ京都 | 佐藤恒徳 | 論理的な大きさと美感的な大きさ ――無限論としての崇高論―― |
檜垣良成 | エーベルハルトの前提 ――合理(理性)主義の真理論―― |
高橋・舟場 |